
ゲイとして生きていく上での心や体の悩みを相談してみよう。ネット上にいる兄貴や弟が相談にのります。
掲示を拝読しました。
ゲイの世界といっても広いものです。性差を問わず年上が年下に奢る習慣は日本人からアラブ人までを含めた広義のアジア人、あるいは中産階級以上の欧米人の特性なのかと思います。僕は昔から外国人との付き合いの方が多く、奢ったり奢られるのが当たり前ではなく基本割り勘あるいは別払いでしたので、貴方のようなメンタリティーをお持ちの方にやや違和感を感じます。僕が年上の方に何かをご馳走になったときは、その後のお茶代は僕が出すようにします(それでも、お相手が出してしまうこともままありますが…)。
国や時代の違いにかかわらず見られる慣習ですが、年上が年下に奢るというのは、強者が弱者の面倒を見、その代償として弱者は強者に対しコミットする、つまり弱者は強者になんらかの形で拘束されるということの一側面と考えます。例えば、日本社会では、上司が部下を食事に連れて行き代金を支払うというケースがありますが、この場合僕は2つの解釈をしています。
解釈1:上司が社会的立場の低い部下に奢ることで経済的に救済をし、その代わり部下は上司に忠誠を新たに誓い金銭以外で上司にサポートしていくというもの。
解釈2:スピリチュアル的な観点になりますが、上司が背負ってきた悪い運気を金銭を失うという代償によって部下に対し厄払いをし、部下は金銭面の恩恵を受ける代わりに出席している人数分で割られた少量の悪運を上司からそれぞれ受け入れるというもの。
解釈1は多くの方に理解いただけるかと思いますが、解釈2は信仰の問題になるので信じない方には無意味なのかもしれません。しかし、多国籍の友人らとの会話から鑑みても、世界的に見られる普遍的な思想なのではと思っています。例えば神道においても、神に何かを祈願しその願いがかなったらお礼に再び神社に訪れるというお礼参り(+奉納)も同様のケースです。信仰心の強弱こそあれ、神道の神々に少しでも畏敬の念がある日本人であれば、神にお願いをしてかなえてもらったのにお礼参りに行かなければ祟られるというのは誰しも抱くものです。
このように「奢る・奢られる」という事象を解釈すると、必ずしも奢ってもらうことが無条件に良いことであるとは思えず、気が重くなります。特に金額の張る食事をご馳走になったときは尚更です。そこでお訊きしたいのですが、貴方は年上に奢ってもらうことでどのように報いますか?古くからの先輩・上司・恩師など年上の方々と長い付き合いで、お互い持ちつ持たれつという関係が心地良く、結果的に結束力が高まるというのであれば問題ありませんが、ある年上との関係が一過性のものであれば自ら支払ったほうがいいと思います。
TK (2016/09/04 Sun 02:11:20) pc *.67.221.50
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