
ゲイとして生きていく上での心や体の悩みを相談してみよう。ネット上にいる兄貴や弟が相談にのります。
あたくしも昔は、そして今もですが、
無用な正義に囚われている節があります。
しかし、今の時代は、
それで済んで良い筈は無いのは言えているのでも、
そういうことはどんどん流して自分の身の上に生かすことで静かに笑って
進むことも取り入れていかなくてはやって行けない時代になって来ています。
その徒労と無駄は人生の大きな憤りなのは看過し難いところがあることは
あたくしも理解できる。
しかし、今の流れの速い時間の日々の中、ネットの光陰矢の流れの日々では、
そこで立ち止まり憤り訝しく怒る方が人生の無駄になる。
そして、あたくしが言いたかったことは以下なのですが、
そういう人間は、自分に自信が無いか、理想だけ追って自分を質す戒めに
欠けた、その出会いが成されていてもどだい続かないか、
もっと傷を深く負うだけの次元の人間である可能性が高い、ということです。
だから、未成熟のいい加減や、ちょっと何かぶれるともう閉じる独り善がり
を自分から露呈させただけで、
あなたはそういう人間に囚われることは無いのだ、ということを思うのです。
恋愛は拙さの上で作り上げていくものと、
相手を許すというか、何かに囚われていない、理想だけ思っていない人に
持続を許されている甘美であるのです。
あなたはそういういい加減な男は弾かれて善かったと安心すると同時に、
あなたには思いもよらないとは思うのだけど、
自分の中の言葉もまた真実味に足りていなかった可能性や、
不足していた可能性までも思わなければいけません。
相手を責めるよりも、自分を疑うことの方が人生を豊かにできるのです。
この上で、そういう酷い目に遭遇したら、流して行ける自分像を模索していく
といいのではないかと思ったので、あたくしの思いまでです。
彼らが再びあなたを目がけて打診してきた、
ということは、あなたがどれだけ誠実であるか、または惹かれる様子を発信
できているかの証左といえましょう。笑って無言にも往なすことが最大の
美徳かもしれません。
https://youtu.be/LTP9XROdpCs
真理之丞走馬灯 (2016/09/17 Sat 22:51:27) pc *.198.54.171
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