クリックしてね!

No.400906へ回答

投稿フォーム

[ クリア ] ※不要な引用は削除して下さい。特に携帯から見にくくなります。
[ パスワード生成 ]←自動的にパスワードを生成し次回利用時まで保存します。

※投稿に時間がかかる場合があります。2度投稿するボタンを押さないようにして下さい。

Re: 奴隷?

Subscribe to WebSlice

[ 返答する (質問者のみ) ]

No.400906 Re: 奴隷?

> 友人を説得してやめさせるべきだと思っているのですが余計なお世話でしょうか?

余計なお世話ですね。

オーストリア首都ウィーン(Vienna)のホテルで昨年、SM行為を依頼した男性(45)がロープと靴ひもが首に巻き付いた状態で死亡しているのが見つかった事件がありました。

これは男性の依頼に応じた売春婦(29)に26日、有罪判決が言い渡されたのです。

被告は男性の身体を意図的に激しく痛めつけ、結果的に死に至らしめたとして有罪とされたものの、減刑に値する状況があったとして、執行猶予付きの禁錮2年が言い渡されました。

何ともいいようのない悲惨な事件(事故)ですが、人の性癖の奥深さを改めて認識させるような事件です。人の性とは、生殖という本能に全面的に支配されたものではなく、まさに意味的な次元、つまり文化の次元での出来事だという思いを強くしました。

記事では、「執行猶予付きの禁錮2年」の有罪判決が言渡されたということで、具体的な罪名は書かれていませんが、禁固刑ということからおそらく過失犯が認定されたものと思われます。

ところで、このような事件は古今東西を問わずよくあるようで、日本でも実際にいくつかの裁判例が残っています。判例集に掲載されている有名なものを紹介しますが、実はそこには刑法の目的にかかわるような根本的な問題が潜んでいるのです。

■過去の裁判例

大阪地裁判決
被告人は、性行為の最中に被害者をロープで縛るなどしていたが、喉を強く縛ってしまい、窒息死させたという事案で、裁判所は、その行為が相手の生命や身体への重大な危険性をや身体の重大な損傷の危険を包含しているような場合には、違法性は否定されないとし、傷害致死罪の成立を認めました。
以上は絞殺の事案ですが、次のような凄惨な事件もあります。

大阪高裁判決
被告人は、風俗店から派遣されてSMプレイを行っていたが、本件被害者に気に入られ、800万円で下腹部をサバイバルナイフで刺して殺してほしいという依頼を受けて、請われるままに被害者が用意したサバイバルナイフで下腹部を刺して殺害したという事案で、裁判所は、被害者は死の危険性を十分に認識しながら、究極のSMプレイとしてナイフで下腹部を刺すことを依頼したのであり、真意にもとづいて殺害を依頼したとして、同意殺人罪を認めました。
■解説
一般に、被害者の同意は、犯罪を否定する方向に働く要因です。同意を得て行う性行為も、もちろん犯罪ではありません。しかし、SMプレイのような場合には、そこに2つの問題があります。

まず議論になるのは、SMプレイは善良な性的倫理・風俗に反するのであって、そのような同意を刑法は有効としてもよいのかという点です。

確かにこのような考えもありますが、最近では性倫理を守ることが刑法の任務ではないという考えが強く、性的ないかがわしさを理由に同意を無効とする考えは少ないように思います。たとえば、「究極のSMプレイ」としてナイフで下腹部を刺すことの同意じたいは有効とし、殺人罪の減軽的類型である同意殺人罪を認めたわけです。そのような前提には、内容が性的にいかがわしいものであっても、あえていえばそれは憲法が個人に保障する幸福追求権であるという発想があり、当事者が真に合意している限りは刑法はそれを前提とせざるをえないとしたわけです。

次に問題となるのは、(危険ではあるが殺すつもりはなく、性的快感を高めるために同意を得て首を締めるという〈危険な暴行〉を行った場合です。

首を絞めるという行為は一般に死ぬ危険性があるわけですから、いかに被害者が同意していてもそれを有効とするわけにはいかず、結局、違法な暴行行為から死の結果が発生したとして、傷害致死罪を認めることになります。判決の中には、同意の反倫理性を問題にしているような箇所もありますが、中心的な論点は行為の危険性であると考えられます。

もう1つの考えは、確かに性交中に首を絞めるという行為は危険な行為ではあるが、犯罪的な意思で行われているのではないのだから、死の結果や身体に重大な結果が生じたときだけ罪を問えばよいという考えです。

このような立場からいえば、SMプレイじたいは刑法に触れるような行為ではないということになり、ただそれが度を越して死亡の結果が生じた場合についてだけ過失致死罪として結果についての責任を問えばよいということになります。法と倫理は分けて考えるべきであるという考え方からいえば、このような考え方が基本的には妥当でないかと思います

赤木春恵 (2016/10/03 Mon 08:28:01) pc *.20.251.135 メールを送る


この回答が参考になった: 2人 (携帯からのみ評価可)