
ゲイとして生きていく上での心や体の悩みを相談してみよう。ネット上にいる兄貴や弟が相談にのります。
あたくしはあなたがその訳を薄々解っていて書いているとみました。
あなたの今回の問いは、わざと書かせる作為の匂いがする。あなたはどこか
で確信犯的である気がするのです。
しかし、すこぶる良問であり、あたくしの考えを書きます。
先ずは、求めるものに、本筋と傍系の二つの流れがゲイには有るのです。
本流本筋とは、常に自分の傍に、自分の精神に添ってくれる愛さあれたい人
が居て欲しい切なる願い。
そしてもう一方というよりは、明らかに度合いが薄くて低い願いとして、
あなたの書いたような気易く時間を共有して楽しめる相手で、これは「友」
とも言い換えられるけれど、わざと低めて言うと、
適当な時間潰しのできる軽い人ということになる。
そして、この後者の友というのが、それでいてクセモノで、
これは刹那の出遭いや・わざと募集してできるようなものではないのです。
気が付けばそうなっていた、信じる域にまでなっていて、というのが友達の
定義なのであり、
竹馬の友のような扱いは大人になってからでは、ゲイの秘められた稀有な
性癖の共有理解者であっても、そうそうできるものではないのです。
そして、ここからがあたくしの回答の要(かなめ)になるのですが、
誰も彼も実際はどこかで淋しさと満たされぬ憂いを背中に持っているのが
ゲイの真実でもあるのです。
あなたと簡易な気安さの行動を採りながらも、誰も彼も往々にして本当の
無二の愛を欲しいとか、そういう出遭いを求めてしまう心情があるのだ。
彼と言う存在が居ても、不思議なことにそれは消えるとも限らない。
あなたがタイプでないとか、友達としてなら許容範囲としても、
またあなたが仮にイケメンなのなら猶更、本気度を紡げる間柄にはなれない
ことを却って悲しくさせるとか、
他に本当に欲しいものを思いながらあなたとの時間を毎度毎度、竹馬の友の
ように誤魔化しで重ねる余裕が無いのだ、
とかいうような感じなのではないでしょうか。
つまり、あなたは軽微な関係を欲しいし繰り返したくても、
彼らはそういう余裕にはなくなり、
次々と本気を探す目移りで、あなたとはフェードアウトしてしまうのだ、
というようなことです。
あなたが気に入らないという厳然とした判断に←あなたが思い当たることが
ないほど不可解なブツ切れ関係になってしまうのであれば、おそらくは本気
探しの夢遊病的な繰り返しの大勢なのだ、というような意味です。
翻ってあなたに伝えたい。
竹馬に匹敵するほどの本気度(それぐらいの配慮)であなたが当たらなけれ
ば、そうそう人生の友など、繰り返す傍系の暇人など少ないかもしれない。
つまり、あなたの気軽さの訴えが却って皆を白けさせていく、
というようなことになる。
あなたはいいや本気で出逢って楽しみたいのだ、と云うかもしれませんが、
相手の心の寒さを補うあなたではない訳なのです。
それほどに本気が欲しいほど、人生にどこか無意識であっても憂いを帯びて
生きて来ているのがゲイなのだ
あなたの姿が途切れさせている可能性を思い直してみてほしい。
ただし、本気とは目いっぱいの緊張でという意味ではなく、
そうした友でも心動かせるだけのあなたたれ、というような意味です。
あなたの本気があなたへの恋愛を生ませてしまう危惧はありますが、そこは
あなたがどう彼に自分を伝えられ切られないか、
あなたの友情としての人間性の見せどころです。
真理之丞傍流愛 (2016/11/22 Tue 23:54:25) pc *.198.54.171
この回答が参考になった: 8人 (携帯からのみ評価可)