
ゲイとして生きていく上での心や体の悩みを相談してみよう。ネット上にいる兄貴や弟が相談にのります。
あなたの悩みは世間でこの性癖で、むかしから古今東西在るふつうの悩み
だというこを先ず知りなさい。
それが教員に足る素養とまで思うあたくし。
そして、あなたの教員はどの世代相手の教員なのか。
もっとも、ふつうに想えば、研究者ということではないように思われた。
あたりまえと思い込んでいる夫婦の形態の子息令嬢、いや、こどもを相手
にする教育の場で、その鋳型前提で職員室延長でも話が成されるのは無理
もないことです。
そして、女性にならわざわざ言わないことも男性には見下しまで入ること
となる。
あなた、
あたくしの思う解答としては、
あなたが自身がそうした上記の常識決めつけの蔓延に囚われすぎていると
いうことです。この問題はあなたがどうした追求も堂々過ぎるほど交わし
て、そして平身低頭は要りません・執拗なまでの問い詰めの段階では
あなたが凄んでキレるまで演技してもよいのです。
それはあなたのプライヴェートとプライヴァシーの側面なのであって、
自分の尺度で嘲笑われることは許するまじ。
しつこいほどだと切りつける気迫も凄みもあなたには欠けている。
そして、穏便にふるまう段階でそれを悩むほどあなたは弱い覚悟者で周囲
に迎合して生きているという証左になります。
隣は隣。友は友。同僚は同僚で俺は俺。
そして、こうした態度を貫くに際して注意があるのです。
それは、あなたが妻帯者以上に勇気のある人心に長けた指導者である必要
性の高いことであり、あなたが真の教育に熱血漢の部分も欲しいことになる。
いい加減な安楽と安泰と成り行きで教員になったのであれば、あたくしは
辞退する方がいいとも思うほどです。その方があなたの覚悟にふさわしく
楽でしょう。
あなたが教員を志して、試験までも突破したには、相応の、決意と意志が
確実有った筈なのです。その時の原点は未婚でつけ入られて揺らぐような
ものだったのかどうか。
あなたの毅然とした弁舌。これが足りないことになる。
それは既婚や家族の形態を暗に誹謗するようなことでは決してなく、自分
はそう生きる、これで何も困って入ない、それで一人前扱いしないのであ
ればおまえの価値観が間違っている、という断定までも気焔を吐くような
あなたでなければいけません。
覚悟不足の教師に形だけ指導され詭弁を語られるほど心に残らない教員も
居ないということを思い直して強くありましょう。周囲の誰もにです。
真理之丞あなた (2016/11/28 Mon 21:44:06) pc *.198.54.171
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