
ゲイとして生きていく上での心や体の悩みを相談してみよう。ネット上にいる兄貴や弟が相談にのります。
今日はゲイの皆様に一人息子ゆうやについて相談があり投稿させて頂きます。
私は山陰地方の某田舎町に住む48歳専業主婦です。
やはりゆうやを産んだわたしの育て方が悪かったのでしょうか?
自分を責める毎日です。
私はゆうやを産んだ日のことを昨日のことのように憶えております。
あれは夏の暑い日のことでした。
突然陣痛が始まり促進剤を使っても、子宮口が7cmしか開かず。
頑張っているのになかなかうまくいきむタイミングがつかめませんでした。
吸引することになったのですが、引っ張れる位置にゆうやが出てこれず、最終的に助産師さんがお腹に乗って押し出すことになりました。
出産後、会陰切開の縫合中に医師から、ゆうやにへその緒が巻きついていた事、産道の脂肪が邪魔していた事、ゆうやは実は危い状態だったと聞きました。
母子手帳には分娩所要時間43時間と書いてありました。
こんな思いをして私は一人息子ゆうやを生んだのです。
ゆうやは幼い頃から女の子みたいな性格でしたが、道に咲いているお花を見ては「ママきれいだねえ」と言ってプレゼントしてくれるような、そんな気持ちの非常に優しい子でした。
野球やサッカーなど男の子の遊びには一切興味を持たず、女の子たちとプリキュラやセーラームーン遊びばかりしていました。
高校卒業後、ゆうやは俳優を目指しながら服装専門学校に進みたいと上京しました。
その後、盆暮れ正月すら帰省してこなくなり連絡も年に一回あるかないか。
あれほどお婆ちゃんっ子だったにも関わらず、祖母の葬式にすらゆうやは参列しませんでした。
東京で悪い友達でも出来たのではないかと心配していた矢先の事です。
村の役場の助役さんが「このDVDじゃけ、村の人が見つけてきたんじゃけど、これあんたんとこの俳優目指してたせがれのゆうやじゃろ?」と…
早速、お茶の間でゆうやの祖父(主人の父)、主人、わたしの三人でゆうやの晴れ舞台だと、ワクワクしながらプレイボタンを押すと目を疑いました。
http://www.bravo-japan.com/br-200
確かにそこには、ゆうやが写っていました。
義父はその晩、心筋梗塞で救急搬送され集中治療室に入院しました。
主人は「おまえの育て方が間違えていたんだ」と一方的に私を責めます。
わたしもやはりそうだったのかもしれないと自責の念にかられる毎日です。
ゆうやがああなってしまったのはわたしの責任ですか?
わたしは今後母親としてどうやってゆうやと接したらよいでしょうか?
ご助言いただけたら幸いです。
山陰の田舎より (2017/06/18 Sun 16:20:31) pc *.108.146.71
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