
ゲイとして生きていく上での心や体の悩みを相談してみよう。ネット上にいる兄貴や弟が相談にのります。
あなた
おそらく若い時代の恋の「空想嘆き」とはそういうものです。
コロコロ悶々、そして、そうかと思えばあっけらかんと次がある。
そうして、ただの憧憬や恋愛ごっこと本当の恋愛の中身がどう違うものなの
かといずれは知り行くことになる。
いいえ、臆病人間は中年期になっても、本当の恋愛は経ぬまま空虚な思いで
未達成に悲しむことも多いことになりがちな現代社会かもしれません。
ゲイのみならず、恋人いない、結婚してない人がどの世代でも確実に蔓延し
ている日本島。
一番の答えは、人生、「自分だけがそうじゃない」ということです。
この思い込みは罪悪な面もあり、それで片付けて平気の河童で何も悲しむな
ということなのではありません。
悲哀に落ち込む行き場のない思いの時に、そう思うようにして、
目先のことを頑張り、人生を歩むのでもいいのだ、という場合に思うべきで
ある自分励ましの言葉です。
だからあなたも人生いろいろ、どうであろうとそれでいい、
そんな中で、前の教訓を生かし、今度は何か進展もある挑み方をするという
元気を持ちなさい。
ただし、「むやみな壁塗り」のように、何度でも出遭って次々と行けばいい
ということはありません。
その人でなければという人との出会いを模索するアプローチが要るです。
あなたが暖簾に腕押しだったAさんは、あなたとでは無理があったのです。
そして、「わりきった」というのが無闇な壁塗りへの答えだった。
身体の関係で人生の扉が開いて道が続くなどとは思わないようになさい。
恋愛とは、双方向に持続可能な心の問題であって、割り切るようなことなど
ないのです。相手のことを全部知る道であり、死に代えられる信用が要る。
死ぬほどのことなどなかった筈のことで泣き濡れて仕事も手に付かないのは
まだまだ早かった。
持続可能とは、相手からの努力まで得られる自分になることです。
それを表明することであり、気が付けばそうなっていた相思相愛は理想でも、
そこには努力という意志が隠されているのです。
エッチの問題ではなく、人間味の問題。
本当に自分がその人でなければいけないと、相手と持続可能であったのに壊
れてしまったことで心喪失するべきであり、思わせぶりの空想肥大の壁塗り
で何もならなかったことで泣き濡れるのはよしましょう。
Challenge love without being discouraged!!!
真理之丞吝か愛 (2017/11/28 Tue 02:42:47) pc *.198.54.171
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