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Re: 数少ない友達と関係が薄れてきました。

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No.433125 Re: 数少ない友達と関係が薄れてきました。

あなた

恋愛の蜜月
という言葉があるでしょう?
それと同じで、友人関係にも意気投合の陶酔時代というのがあるのです。
そして、蜜月はあっけなく去り行く。
いいえ、数年続くこともあるけれど、蜜月の蜜月たる字義通りは
呆気ない終幕、ないし、平凡やマンネリに移行するものなのです。
それがむしろふつうなのです。

あたくしがあなたに言いたいことは、文字幻想を棄てよ、
ということです。
親友という響きは時に恋人をも上回るほどの価値やかけがえのなさの至高の愛
を思わせるもので、それに囚われる場合があったり、そういう人が居る。
殊更親友の維持や確保を重視して、それで自分の孤独や裏寂しさを身震いして
払拭することが多いものです。
親友親友と、まるで自分の護符のように振りかざすとか思い込んで安心するの
です。

しかし、友人関係、親友の位置づけは、時期や加齢と共に変遷するのです。
夫婦という基盤ができると蜜月は無くなりがちになる。
たまに、相棒伴侶より友人を取る酔客然の誤魔化し行動は有る訳ですが、
それでも、昔つるんで四六時中一緒だった時代は続くことはありません。

あなたの場合も、自分の原点時代を共有したその友達はずっと特別だと思い
たいのかもしれませんが、あなたの綴ったような彼の嗜好であったり、
価値観であったり、蜜月が有ってもやがて二人は道を分かれ行く。
そして、それはむしろそれこそがふつうであって、当然なのです。
人間はいつだってしょせんは独りを感じざるを得ないのが人生であり、それを
受け容れることが人生の要諦であるのです。
その中で、また機運を観て会おうとする意志を忘れずに持ち、旧交を温めるの
でいい・それこそが友人の理想像であり、
ずっと無二の存在を叫び蜜月に拘るのは、結局自分を誤魔化す思い入れでしか
ありません。

あなたの人生と相棒との道の孤独感を味わうことを恐れたり、無念がる必要性
は一切ないのです。それが人生と人間の基軸。
その周縁に今の共有が途切れても再会して会えば伺い合い、讃え合い、励まし
合う、そのたまの点在でいい、それが友人であり親友であることを理解せねば
ならない。

不安や未来への階段を上る途上では四六時中が生じやすい。
しかし、自分の道を形成し得た場合、また自分の環境が変わる場合、相手の
環境も然り、その場合、伏線で表面上途切れやり薄まることに違和感を覚える
ことは人生への自覚が無いということを意味している。

過去の温度やボルテージから自分を解放させて、その上で、いつだって相手を
窺えるし、察し合うことでいい、離れてもそれで終わりとしない意志が要る。
あなたは疎遠に対して遠慮や臆病を棄てなさい。
しかし、慌てて焦ることはないのです。また彼にあなたの誠実を語る時がくる
それで十分と思いなさい。

友人も親友も、「つるむ安心を得たいだけの誤魔化し相手」ではないのです。
相手と自分の差異までも大事にして認め行く、それが友人なのです。
もう終わって、次を見つけようとするのはどうか、と、そういう思考力である
あなたは浅はかでしかありません。
理解し合える幾つものベクトルを持ち、そそれぞれは温度も違うのでいいのだ
し、どのベクトルも停止していてもいいのです。
あなたが彼と必要とするその意思を語ることに素直であるだけでいい。
疎遠を恐れるな、欲するなら表明せよ、しかし、途切れるので相互が無事だと
思う孤独を生きよ。というのがあたくしの回答です。

いかがでしょうか。
険悪でも別れたとて、再会時に涙する(涙して懐かしむ理解できる)場合も
ある訳で、それも特別な友人といえるのです。
今のステージと過去のステージをいつでもクロスさせる人間力で歩みましょう。

真理之丞軌跡愛 (2017/12/31 Sun 02:51:08) pc *.164.175.64


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