
ゲイとして生きていく上での心や体の悩みを相談してみよう。ネット上にいる兄貴や弟が相談にのります。
仕事があって「人生安泰路」だから初めてカレシを考えてもいいのだ、
などという常識的な思考は古くなりつつあります。
もちろん生計は何よりも重要であろうし、その安心感が独り身の精神的な不安
の大きな要素だというのは解る。
しかし、「なんでもかんでもカレ中心」という依存や傾倒で自分を見失うよう
な女々しさ(←これは言葉の綾としての言葉)になりがちな者でない限り、
何か人生のハリを得て、その上で自分の再生や安全を持てる、
ということも人生には確実に有ると思われる。
この相談者さんの場合、ふつうに相方(伴侶的なカレ)が居て欲しい、
郷里の閉鎖性の中に戻った自分の不安を払拭される、
それで勇気を得て前向きが敷ける、
ということなのかなと思うだけれど、あなた(相談者さん)、当たっているで
しょうか。
あたくしが気になったのは、あなたの言い訳が臭う部分。
あなたのどうしようもない劣等感的な見てくれで振られたのではなく、
他の理由で致し方ない、というニュアンスが浮かんでいるのは、見過ごされる
ことが多い中で少し目が留まり気になることです。
しかし、ここの記述部分の言いたかったことの中には、事実であったことと、
あなたのメンタルは一切関係なく、どうしようもなく、相手の勝手でそうなり
別れも仕方なかった、ということを言いたいのだろうと理解しました。
どれほど田舎なのかはいざ知らず、
あたくしのアドヴァイスとしては、あなたはもうその土地で生きていくという
事実が先ず在って、こんな田舎とか、こんな自分とか、
自分を卑下する前にどういう環境であれ、自分を見違えさせるような努力は
絶対にするしかないのだ、ということと、環境のせいにして逃げないでおく
べきだということです。
遠路隣県でもいい、同棲がすべてでもない、自分だけに四六時中愛が注がれる
というような甘えを排して、どんな出会いでも大事にしたり、可能性を考えて
行くという気概や肝の座った動じない心が必要だろうと思うのです。
そして、年齢で自分を括り付けないようになさい。
例えば(金が有るのであっても)(「例えば」)芸能人を見倣いなさい。
どういう年齢でも自分を磨く、魅せる、というように、自分を光らせることも
他者に一目置かれるようにもできるものなのです。
そして、喜寿米寿でもあるまいし、五十路などまだまだ若いと思う訳です。
二十歳や三十歳のような敏捷も機動力もないかもしれません。
しかし、まだまだ自分を進めていかねばならない。
あなたに欠けているのは気概です。
あなたに欠けているのは判断力と意志です。
あなたに求められているのは下手な期待で左右されない覚悟です。
その彼と何をどうしたいのか。
あなたの愚痴を聴いたり心配を共有させようなどとは思ってはいまいか。
勇気を欲しいあなたのための、自分を安心させる持ち株の彼を思い描いている
のであれば、甘えも甚だしい。彼はあなたの支柱や飾りではないのです。
あなたが彼に何をできるのか。
それを思えば当然、あなたの主体性と意志の力が求められるのであって、環境
のせいにしてはいけません。
そして、オッサンでも恋は可能なのであって、あなたの中の精神性で勝負して
行くべきことも申し添えておきましょう。
こんなオッサンと卑下して諦める薄い美意識よりも、価値観を磨きなさい。
真理之丞研鑽櫓 (2018/01/12 Fri 09:12:10) pc *.164.9.118
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