
ゲイとして生きていく上での心や体の悩みを相談してみよう。ネット上にいる兄貴や弟が相談にのります。
言葉はそのままの意味で記号のように事実(本意)を言う場合もあれば、
どうとでも変化できる楯のような詭弁ぽいことにも使う。
そして、全然そんな気も無いのに、ノリと流れで、その場の友好みたいな
場の盛り上げの余韻のようなことでも使われる。
みなさんもいろいろ書いておられるように、
ありがちなことだけど、あなたは切なく不安な気持ちでありましょう。
あたくの見解は、その人はあなたとの時間を「無」にはしていないし、
あなたを否定して嘘を言ったのでもないと思うのだけれど、
あなたには「どんどん」連絡をする気はないと思われる。
あなたには非情なことだけれど、それがそういう出会いの現実かもしれない。
人間は踏み込んで親しい間柄や慣れ親しんだ者同士でもない限り、
牽制もすれば、詮索もすれば、何よりも、自分が主導的になって自分の
責任を思いたくない、という卑怯というより弱さがあるのです。
そして、そこを押し入って勇気で事を為しても、
関係性をどう維持できたものか、自分に慎重であることが今の世の中の
責任追及の責め苦の溢れた社会では必然になっているのです。
だから、彼もまたあなたを呼び出して、そして気が変わればどうなるも、
その時に彼が責め立てられる場合まであったりするものです。
そういう回避が全部ではないにしても、踏みとどまる熟慮のようなものが
恋愛の最初にも付いて回るということです。
だとすると、あなたが何かを言えばいい、という図式になるけれど、
彼の言葉に従えばあなたがどんどんモノを言うのも言葉通りから逸れている。
こうなれば、あなたは自分の意思を伝えて探る(悪い意味ではないです)
しか方策もないでしょう。
そこでどんどん言い訳が増して行けば、そうだったんだと判る。
したがって、今この場合では、あなたに勇気が求められる。
しかし、あなたは彼が心にもないことでの言葉だったと怒ることはしない
までも、そうだったんだと諦める覚悟も要るということです。
それと、老婆心ながら、自分をひけらかすのではなくても、
自分の仕事の状態を(苦しい何かで事情がありそうだ、という時は別だけ
れども)どうだこうだと言い浴びせるような人間性は少し注意した方がいい
かもしれません。この場合は自分の正当性を振り撒いているということで
もあるともみれるからです。
「誠実度は言葉数とは反比例する。」
しかし、「恋愛支障は言葉数にも反比例する。」
そこを見定めていくのは人間性に照らした直観力というものしかないのです。
自分はどちらの方が心地よいのかという自分に照らしてもいいでしょう。
彼が饒舌であった上でそういう言い方をしたのであれば、あなたは自分から
問うても不自然ではないと言えましょう。
あなたのような人には恋が成功してほしい。
真理之丞反比例 (2018/04/02 Mon 23:49:09) pc *.198.54.171
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