
ゲイとして生きていく上での心や体の悩みを相談してみよう。ネット上にいる兄貴や弟が相談にのります。
来ます。
そして来させることもできる。
人が人を愛するということは、生きた証しであって、子孫繁栄のためだけの愛だけではないのです。生きている人間を何がふつうで何が気持ち悪く、何が汚れて忌まわしいのか、
それらは恐怖や不安が間近に迫り来る時代でない現代を生きている中では、昔からの固定観念や思い込み、一方通行の価値観は全部崩れてしまって当然なのです。
そして、どういう道も正しいとそれを証明したことが後世に残って更に検証され、見つめられていく。
人間の誠実さを思う時、正直さを思う時、
どういう性のどういう恋愛も赦されるのではなく、当然あり得ていい、ということになるのです。そんな形もまるきり正しい、それは人間の心を見つめてその中で性を考えることで可能となるのです。それをおっさんずラブは示したのです。
あれが実際の世の中や社会ではあり得ないという揶揄は、自分の首を自分で絞めているだけのことで、だったらすぐに行動しても劇画のように行くのかと言う質問もナンセンス、それはリアルな実際の身の上で自分が周囲を観て判断し即応して行けばそれでいいのであって、テレビのドラマの世界とは違っててもいいのです。
人間の心の純粋さ、思いがすべてを打ち砕く、というその一例や具現、またが象徴をドラマで言ってみた、ということであって、
あのドラマ通りの時代が来るのか、というよりは、いつでもあのドラマの再現を我々は可能たらしめることができることを見せたのだった、
ということなのでした。
好きは好きでいい。ただし、相手に響けば、行動してくれれば相思相愛になるのであって、そうでないときは無理に我欲で走ることは誠実から反れるということなので、言動はエゴとならないように慎まなければいけません。
あのドラマは自分のことを好きでいてくれる価値を示した点でもすばらしいものでした。好きでいてくれたことに対する返すことのできる愛もある、ということを観た我々なのでした。
相手のことを受け留めることも恋愛では想像以上に大事なことなのです。そしてそれ以前に、性別によることではなく、年齢までも超えて人の心を考えることのできる「その心」がメインテーマだったのです。
ということで、昔からそんな時代はどこにでもあり得たということなのでした。
真理之丞春巻風 (2018/06/23 Sat 02:27:46) pc *.164.90.104
この回答が参考になった: 0人 (携帯からのみ評価可)