
ゲイとして生きていく上での心や体の悩みを相談してみよう。ネット上にいる兄貴や弟が相談にのります。
彼の魅力は、どんな人でも受け入れる寛大さだと思っていました。
事実、屈折した私のことも受け入れてくれる心の広い人物だと思っていました。
でも、あまりに卑屈すぎる彼の言葉を聞いていると、実は彼は自分のことも友達である私のことも、本当の意味で受け入れていないのではないか、と思いはじめてきて、友情だと思っていたのは私だけど、彼は落ちぶれ同士の傷の舐め合い程度にしか思ってないとしたら、すごく悲しく虚しいです。
好きだったところも、見方を変えれば180度違って見えます。
お互い刺激になって高め合う友達もいれば、ほっと安らぐ友達もいていいと思います。
ですがお互いに尊敬していないと友情ではないと思います。
慰め合うような関係性なら必要ないと、まともな社会人なら思うはずです。
この年齢になったらユーモアと卑屈の違いはわかってないといけないし、客観性もありつつ好奇心や向上心を持ち合わせていないと、本当に何の魅力もない中年になってしまうと思います。
前向きか後ろ向きか、考え方ひとつで人生は大きく違ってくると思いたい。
何もかも否定していたら何も始まらないし、つまらない人生だと、また自分を卑下するのは目に見えています。きっと何を言っても通じないし、何も言いませんでした。ただモヤモヤして書き込んでしまいましたが、自分の気持ちが整理できました。きっと10年の時を経て、分岐点に差し掛かっているのだと思います。彼との付き合いを見直したいと思います。ありがとうございました。
ボタニカル (2018/06/23 Sat 03:29:02) pc *.150.176.67 メールを送る