
ゲイとして生きていく上での心や体の悩みを相談してみよう。ネット上にいる兄貴や弟が相談にのります。
どう思うかということですが、先にそれに応えましょう。
あたくしは正直、自分が疲れてしまうことを判って相手に交わることはもう
今はできないようになりました。以前はできたのです。
職業者ではなく、愛を捧げる場合に、困惑と困難を推して添い続けるという
ことはこれから未来への恋愛であれば非常に難しい。
今まで添ってきて、伴侶がそういう病気になった場合と、最初からそういう
自認者に向き合うのは大きな違いがあると思うのです。
もっと言えば、それを「武器」にする人は更に難しい。
そして、もしかすると、あなたはこれに相当している可能性が高いとみた。
なぜこう書いたかと言えば、
あなたの文章はまるきり理性的で、何もおかしさの微塵も感じられないこと
が先ずあって、あなたの最後の一文からは、相当の理性と理知まで透かし見
えるからなのです。(これは勝手な独断でもあるけれど)
つまり、あなたはそれで困難から逃げてきた可能性が感じられる。
しかし、よくよく考えてみる時、
人間の強さは千差万別で、どう育ったか育てられたか、どう傷ついた道かで
も耐えられる力、乗り越えられる気力というものが異なっており、あなたに
逃げるな弱虫と叫んでも、それは誰のためにもならない誹謗でしかないよう
にも思う。だとするとあなたはどうしたらいいのか。
あなたに何が有ったのか。あなたは何に苦しんだのか。
何もなくて・そのまま今のあなたの「投薬従いの十年」であった筈がない。
その部分をどうとも「真に」解決しないで、診断という名の無責任に頼り、
気休めのその場凌ぎの錠剤で自分を誤魔化し、医者を儲からせてきただけの
あなたであっただろうと言われれば、あなたはどう自分を自分で庇いきれる
ものでしょう。
そして、あなたに必要なことを述べる。
経験しなければいけません。怖がって傷つくことに怯えてはなりません。
自分をそうか…と笑い飛ばす「良い意味での鈍感さ」で歩まねばならない。
びくびくと逡巡するより、失敗してみる方が人生を豊かにできる。その失敗
こそがあなたには必要だったのです。
でも、あなた、あなたはまだまだ取り返しできる年齢であり、
できれば薬は辞めなさい。そして、他人が自分を慰めてくれる期待の矛先を
自分も楽しんでいいんだと楽観的に歩め。
これは平たく言うと、行動して失敗して生きて行けということと同義です。
あなたがあなたの書いた文章とまた違う文章を書いていた場合、あたくしは
このようには書きません。
しかし、あなたならできる、ということが見える。
それに挑むあなたになりなさい。今から十年かけて挑んでも可笑しくはあり
ません。その時でもあなたはまだ未来へ恋と生き甲斐まで探そうとできる。
お医者様は治せることも治せないこともあるのです。
でも、総じて病気は悪の病巣は取り去ってもらえても、自分の気持ちと勇気
で治癒に向かっていくことを解って行かねばなりません。
あなたは「薬逃げ」よりも、恐れない悲しまない笑う行動力が必要なのです。
https://youtu.be/5PZykwbY85s
真理之丞夕愁歌 (2019/03/26 Tue 19:10:25) pc *.198.54.171
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