
ゲイとして生きていく上での心や体の悩みを相談してみよう。ネット上にいる兄貴や弟が相談にのります。
あたくしはあなたに「泰然自若」という言葉を贈ります。
いいえ、もちろん、あなたはたぶんこれを演技ではできていると想像した。
そのことは読んで理解できた。
しかし、あたくしが解らなかったのは、
浮気の警戒、浮気への怯え、詮索・疑い、と、あなたはなぜにもそこまで
「彼という存在」に対して「負」のベクトル一色で考えるのでしょう。
人間は誰かの所有物ではないのです。
もしもその負の疑念が(経験同様)図星であった場合、
あなたは具体的に何にがっかりして(そうまで)ショックなのか。
汚らわしいと思うのか?二股かけて他でもいい顔してと僻むのか?
あなたは「付き合うようになった」「その彼」に一体全体どうされたいのか。
四六時中自分だけのことを思い描いて・待ち遠しいと?来て欲しいのか?
いずれにしても、それだと、どういうカップルでも疲れるというものです。
人間、①自由な解放感も、②契りを結んでさえあなた以外のマージンも、
③自分だけの時間、ないし、④契った相手であっても距離を持つ解放も要る
と、そういうことをあなたは「解る」必要がある。
そして、そうであるならば、⑤あなたもまた独自の行動や思索というのを
持って進んで然るべきなのだと同じ存在の自分だと方がいい。
そういう方が息が長く続くし、長いカップルの道を歩めるのです。
あなたは彼以外で離れて邁進することも、彼の領域ではないことだと独自の
活路を持つとか、別の人間関係に執心することは一切無いのか。
「全身全霊を捧げ合う」のが、あなたの思うカップル像なのか。
また、浮気は結果としてそこで個別に受け留めて考えるべきであり、
常日頃、君は君の自己実現を頑張れ、それで何か迷ったら何でも話してほしい
と、そんな「距離感と信頼」を彼に向けることはできないのかどうか。
そんなことを言っていると次々と浮気されてまた終わると思うのか??
心の浮気と遊びの浮気とをじっくり見定めるような「坐った肝っ玉」があなた
には必要だ。これを別名「覚悟」という。
その覚悟を持った鷹揚さ、または余裕、笑顔を「泰然自若」というのです。
そして、あなたはあなたの道を同時に模索するべき人生であらねばならない。
彼と一緒に事業でも興して一緒に日夜苦心するような二人でないのであれ
ば、彼がどう出ても自分は揺らがない、しかし、他人と肌まで関わられる
のは自分は嫌なんだと、自分の意志を折々彼に示す表明はして、
しかし、それは事前に牽制するような姿勢で必要なことではないのです。
あくまでも結果で応じ、「出たとこ勝負で」放つ。
そして、疑いながら黙って猜疑心を持ち続けるよりも、建設的な話や彼の
活力になる自分であろうとそれに意を注ぐべきであり、過去の無念の経験
から勝手に懼れるだけなのは「取らぬ狸の皮算用」の「徒労」です。
人生においては「(教訓にはしても)過去の話や痛みに拘ると停滞を生む」。
人は全員違うとリセットして、自分も求められていく道にしていくべきだ。
あなたの過去の「浮気重ねの彼」はどだい理解不足のお粗末野郎だった。
建設的ではなかった男たち。しかし、今ここで問題は、あなたという彼ら
にとっての彼(=あなた)もまた建設する器量の無い、待ち姿勢でウジウジ
している「心はここに非ずの男」だったかもしれない。ここが重要です。
ともあれ、どうとでもしてくれ、俺はここに居るという泰然自若で自分の道
を大切にして、その上で二人の道を並行させるような付き合いをしていく
ようにすると、相手の信頼を得ると同時に裏切りを罪と思う枷が形成される。
他人のことを考える器量は素晴らしい美徳。
しかし、他人のことを自分尺度で自分の株や安心のために計る猜疑心はあざ
とさと紙一重で、人は察知して離れて行くものなのだ。
相手任せで見守る心を持つようになさい。すなわち忍耐を超える覚悟の問題
ということになる。
自分だけに四六時中愛を注がれたい期待は「恋愛とは言わない」。それは愛と
言う綺麗ごとを着せた「拘束」という。
不安の船出でも、楽で自由な解放を双方が持たない限り、二人の道は息切れ
するでしょう。拘束の蜜月が妥当な時期か、直観の舵取りが大切になる。
真理之丞あなた (2019/03/27 Wed 18:00:10) pc *.198.54.171
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