
ゲイとして生きていく上での心や体の悩みを相談してみよう。ネット上にいる兄貴や弟が相談にのります。
こないだ別のスレで提案したことだけど、打ち明けないで、「恋人どうしがベッドの外ですること」を自分たちもしてみたらどうでしょう? セフレと恋人を画する一線って言ったら、「デート」ですよね? セックスが終わった後、何気なく、「もし時間あれば、これから一緒に渋谷に出てメシでもどうよ?」、相手が映画が好きとか言ったら、「あ、よかったら俺今度の日曜日空いてるけど」とか、「デート」という単語を使わずにね。
それで断られてもくじけないこと。少なくともセックスの相性がいい決まった相手がいる、というのは、誰にでもあることではありません。 週末ごとに発展場に出かけて行って、誰でもいいから「やってもらう」よりずっといいでしょう?
断られて、がっかりしたとしても、相談文からはそのセフレ相手と会うのをやめるほどのショックではないような感じだし。 自分のプライドが傷ついたとして、彼に加えて誰か他にもセフレを探し始めたとしても、そんなに悪いことじゃない、たかがセフレなら。
ただそういった「デート」という言葉を使わない「デート」の提案を断られなかった場合。 「好きになりそう」、「気持ちが動き始めた」、「セフレ以上のものを感じる」などという言葉は一切禁句。 一直線過ぎて、相手を窒息させてしまうから。 言われた方が逃げたくなっても責められない。 デートもどきをして二人が楽しかったらそれでいいじゃないかって、割り切るわけ。 心の中にたまった想いを吐き出してしまえば楽になるのはわかるけど、わざとそうせずに、そうやって自分の心の中で「落とし前をつける」わけ。
それに、そうやって同じ料理を食べて二人ともおいしいと感じ、同じ映画を見て二人が同じように感動しているうちに、ひょっとして相手もよしともさんの方に少しづつ気持ちが傾いて来る可能性だってあるわけです。 相手に別のセフレがいそうと言っても、所詮セフレなんだし、恋人がいるのとは雲泥の差。
欲しいものを手にするのに、正面から直球を投げて失敗するリスクがあるとき、抑えた変化球的なアプローチを取るとリスクが少ないし、また見事それが叶ったときって、かなりかっこいいものがある。 昔のシンガーソングライターの歌で、沖縄かどっか南の海で出会って、ひとときのアバンチュールを楽しんでる相手に呼びかけてる歌があります。 「また来年逢えるよ サンゴ礁が恋しけりゃ」って。 わざわざ相手に再び会いたい意思をむきだしに表明しなくても、サンゴ礁が恋しくなってそこに戻って来たなら自然とまた来年も逢えるじゃないかって言ってんの。 言い換えの美学を貫く感じで、なんともニクイよね。
浩
浩 (2019/09/13 Fri 14:13:15) pc *.218.207.45
この回答が参考になった: 7人 (携帯からのみ評価可)