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Re: どう生きれば良いのかわからない

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No.456449 Re: どう生きれば良いのかわからない

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私の「他人を見下した態度」が全て自分に返ってきて今に至っているのですね。
自分の首を自分で締めて、八方塞がりにしてしまっているのも全部自分。
これからはなるべく他人に優しく、人の良いところを見出せるよう努めてみます。
******************
◆無理にそんなことをする必要はありません。
先ずは、何か悪感情に苛まれていない限りは、あなたの自然体で善いのです。
しかし、巧く行かない、好いことが無い、と厭世観で死を思う場合、
他人を変えたりはできないのだから、自分がどうしてみるか、どうあるべき
か、自分を点検したり、反省することはあなたのためになるでしょう。

******************
誰もが私と同じような気持ちを抱いているということでしょうか?
誰もが孤独で死を身近に思っているのが当たり前の世の中なのだから、
私もそのことを受け入れて、ただ目の前のやるべきことに集中すべきだと、
そういう意味合いで仰っているのでしょうか?
******************
◆あなたと同じ気持ちなのではありません。
「し」自体が誰にとっても等しいものであり、あなただけに過酷なことが
迫っていたり、あなたが苦しんで「しぬ」ことに対峙しなければならないの
ではなく、順風満帆に見えたり、楽しそうであったり、意気揚々のような人
でも、あなたが逃げようと思うその「し」はあなたと同じものであるし、
その人たちも何かに(いずれ必ずや苦しむであろう何かに)躓く訳で、彼等
もいつでも絶望のような思いと隣り合わせのようにして生きているのだ、
自分だけが苦しいのではなく、彼等も何か大なり小なり苦悩のようなものを
引っ提げているけれど、それを見えないふりでいたり、横に置いているよう
なものなのだ、というような意味です。(楽観ということでもありません)
目の前のことに集中して考えるな!というような意味ではなく、それはそれ
で置いておけ、そしてできることの範囲で進んでみてどうあってもそれでも
いいんだ、これで進んでみるのでいい、良いか悪いか先を思うなというよう
な意味合いです。目を瞑る訳ではない、それはそれで抱えていていいのです。

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> 何も良いことが無いというのは無知の壁を越えない自分だということです。
> あなたにも笑顔になる先が在る。そのことをを諦めてはいけません。
> そして笑顔でなくてもいい人生というものに悲観する勿れ。
> 笑顔と理想に囚われた無知なる停滞者。
> そのことを今一度考えてみてください。絶望というのは自分を褒めない人や
> 理想に囚われた現実回避癖の逃げ込み言い訳なのです。

これはつまり世界をどう見るか、視点の問題ということでしょうか?
価値を見出す術を知らないことを無知と仰っているのでしょうか。
笑顔と理想のない単調な作業のような人生は私には耐えられる自信がありません。
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◆夢や理想は挑戦する持続性の上に掲げるものであり、それと自分の実像や
今との乖離に悲しむような「立ち止まり者」や「悲観人」が持つべきもので
はありません。悲しまない自分であるだけは進まなければいけない。
果敢であらねばいけない。もくもくと単調と決めつけるその思考回路や想定
こそがあなたの自分で作るスパイラル。自分で自分を悲劇仕立ての渦に置く
人間が理想や笑顔を欲しいなどと言うのは先刻間違いなのです。

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> 死ぬなら、その前に、本気で花(植木)の世話でもしてみなさい。
良い巡り合わせがあれば、トライしてみます。
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◆その「良い巡り合わせ」をまたすぐに考えてしまうあなたのご都合主義の
ような「いいとこどり」をすぐに思うその軽薄さがあなたを滅入らせる。
「あれば」などと言うような「そもそもする気の無い」絶えず「選択肢の上
に自分が居る」と思うようなおこがましさが間違いなのです。

だったら、のべつまくなく何でもしたらいいのか、と、そんなことは言って
いませんよ。うまくいくことや笑顔続きのような自分でないと憂う弱さや
失意癖のようなあなたでは、悲しむ人から脱出などできません。
あなたができることをして歩む。それだけでも生きている甲斐が有ると思う
ようなあなたであるべきで、そんな持続の中で自分の期待を実らせていくと
いうような意味であり、
憂いに囚われるよりも、「緩い」挑戦の連続で進んでみることで良しとすべ
き、というようなあたくしの意見なのです。

真理之丞翌檜坂 (2019/10/07 Mon 02:35:05) pc *.165.88.66


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