
ゲイとして生きていく上での心や体の悩みを相談してみよう。ネット上にいる兄貴や弟が相談にのります。
あなたの悩み、とてもよく理解できるあたくしです。
そして、あたくしが思ったことと言いたいことはそのよく理解できる心情に
立脚した意見なのです。
というのは、
自分を他人(周囲の人)を自ら知り、(いつでも)悩んで来たからこそ、
だからこそ、他人の心と陰の動きが見える、読める、ということが
往々にしてゲイの中の誰かには確実に在るのです。
不安だったから(ただの心配で)そうなったというのとは少し違っている。
自分の言動について絶えず考えて来た者、また心無い意地悪や疎外に接して
悩んでもきた者は、自ずと自分の心模様を縦横に(そう、漠然とでも縦横に)
考えてしまうような心の動きを持つようになる。
そして、(心が)痛んだからこそ、そうした辛さを終生忘れることがない。
だからあなたは怯えて人の目が気になったり怖いということではなく、
そうとしかできない自分が、また同じ轍を踏まないためにはどうすればいい
のかと思い悩むし、気が萎えたり元気を失くしてしまうのです。
それもこれも、あなたの歩んできた中で持った、あなたの心の痛みと、
「それでいいのに」「無力さを思う」からなのです。
そこを打開など容易にできる筈はない。
自分が根本的に性に裏打ちされた秘め事を持って歩む中で、そうそう容易く
など変われる筈が無い。だから、あたくしが言いたいことは、
あなたはとてもまっとうで、良識者で、健全な優しい心を持った愛おしい人
だということです。
あなたの今回の相談はとても重要なもので、
また、ゲイとしてしごくまともな悩みだなとあたくしならそう思う。
さまざまな痛みや葛藤、無力だったあの時のことを思い出さずにはおれない
ほど、天真爛漫に自分の正当化でしか相手を量れないことの多いと言わざる
を得ないノンケ男たち。
人によりけり、全員そんな人なんかじゃないと誰がどう言っても、
確実に大勢は、自分の心のセクシャリティーというどうしようもない現実の
痛みを引きずって歩んでなどいない。もの好きの変人は別として…。
あなた、あたくしはあなたの自分を塞ぐしかない逃げたいような悲しみ痛み
のことをとても愛おしいと思う。そして褒めたいとまで思う。
あなたはそれでいい。無理に自分を奮い立たせる変革など要りません。
あたくしが思うのは、日ごろの生活の中では鬱積を巧く転換させる理解者が
要るだろうことと、それを求める努力をしていくこと。
そして窮屈さに苦しまず、この集団を人間としてまっとうに進む強さを纏っ
て乗り越えて欲しいとだけ思う。その中で誰かがあなたを誹謗嘲笑するので
あれば、それはさせておけばいい。そこが求められる強さです。
そして、「同じ穴の狢」とか、「同類相哀れむ」というような意味ではなく、
心の友を見出すように、その点の努力はして、
大勢に認められなくてもいいというような道を行きなさい。
その際、同類で貶し合いで鬱憤を晴らすようなつるみ方をするのではなく、
人として自然であろうとして進もうとなさい。
そしてそのスポーツの周囲の男性たちが、あなたの自然体や勇気を疎外して
遠巻きにすると判るのであれば、スポの好き嫌いの問題ではないのです。
人として同じ土俵で言動を共にするに値などしない訳であり、去りなさい。
あなたに求められるのは、自分を許して欲しいと自我を出せないことに病み
甘えることなのではなく、あなたの思慮の上のあなたらしい在り方を自分で
迷わないことなのです。だから自分を信じて自分を表現できる頭脳が要ると
いうことです。偏差値の頭脳のことなではなく、人としてどうかを尺度に、
それでいいと必要以上に考え過ぎないで前を向くということになるでしょう。
心の交流ができる人を求める挑戦に出る。
自分が誠意を尽くすことと社会の中でどうあるべきかで思慮を尽くしてそれ
以上は迷わない&悩まない。その結果を観て判断して歩む。
こうまとめることができるあたくしの意見です。
言っておくけれど、自分が嫌いでもいいのです。これでいいと思い、他者に
どうできる自分か、できる限りしてみて、後は相手に任せ、あなたを解って
くれる同類、そうでなくても同じ心の襞を持った人とだけ進んで行くことに
やぶさかでない自分になっていきましょう。それは逃避とは言わない。
https://youtu.be/6JiOQ1UBkzU
真理之丞吝か愛 (2019/11/06 Wed 19:00:06) pc *.165.195.147
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