
ゲイとして生きていく上での心や体の悩みを相談してみよう。ネット上にいる兄貴や弟が相談にのります。
あなた。
あたくし、年齢は最初に目で見ましたが、
あなたのご相談は年の不惑の年寄りめいた嘆き節かとも思ったほどです。
それが実はまばゆい二十歳そこそこ、人生の門出の前途洋々たる季節の
あなたたちではありませんか。
あたくしにだってその頃はありましたわ。今でも年寄りじゃありません
けれどもね。ぷぷ。
しかし、思い返せば若さとは武器だった。
無知を無知と思いたくない衝動に満ちていた。
そして同時に、あなたの文章を読んでいて思い出されたのは、
時間の無駄と無為をあれほど謳歌できた季節はもうその後はなかったかも
ということです。
それが若さというものであり、あなたは真面目に不安裡であっても、
若さの渦の中に居るのです。しかし、それはいずれ翳る。
あなたに申し上げたいことは、
人間は世界のどこででもそうです、自分の生計が成り立たない不安では
(真の)恋愛も謳歌できないという傾向があり、
あなたの生涯の鋭意と刻苦勉励の積み重ねた努力がそのまま自信の上で
未来の恋愛の可否にも関わって来る、ということなのです。
そして、二兎を追う者は一兎をも得ず、何かを掴み取った者は必ずほど
何かを喪うことになる、それほど、人生は過酷な現実があり、時間との
争そいに等しい。命短し恋はまだ先。
そこから導き出されるあなたへの解答の結論は、あなたは孤独を超える
旅路を歩まねばいけないことです。
そして冒頭の若さとは無為が許される輝きの季節なのであり、
あなたの若さはまだまだ当分続くほどあなたは若いということを、
今この節目にシフトチェンジし、自分への強制に仕向けていかねばなり
ません。
それはつまり、愛よりも勉学と修行に命を捧げる性に耐える時間を持て!
ということになる。
本当の愛は無為の輝きの純粋の中にだって存在はするのだけれど、それ
が持続するためには、己の大人度が必要になってくる訳なのです。
だからこそ青春映画は悲しみの残照で最後は幕を閉じる。
そこを乗り超えて何かを掴もうと孤独に立ち向かうことが本当の最後の愛
への道程だと監督たちは言いたい訳だった。
あなたは既に自分の成すべきを解っている。
そしてその地域でどう貴重でも、その遊び三昧の慕わしい彼とは違う自己
実現に向わねばならぬ。それをできるか否か、あなたは自分の自信という
ものに向かう必要性に気付かねばならない。
自己本位や自慢(自惚れ)と自信は完全に違う。
そして自信の上に真の愛というものが存在する。そのことを再考なさい。
勉励が喜びで一途にできない場合、あなたはその職種は天職的ではありま
せん。その必要性は実は会社のためや出世のためではなく、
あなたの本当の愛のために必要な人生の中の焦燥なのです。それなくして
あなたが本当に欲しい愛は掴めないことだと思ってほしい。
https://youtu.be/5qap5aO4i9A
https://youtu.be/tNtgEuGOHOw
真理之丞天啓標 (2020/06/02 Tue 00:47:04) pc *.80.238.158
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