
ゲイとして生きていく上での心や体の悩みを相談してみよう。ネット上にいる兄貴や弟が相談にのります。
この手の問題はどういう世代であってもずっと付き纏うものですね。
この件の回答では、
彼が嘘を言っていない場合、陰で遊んでいる遊び人でない場合、
人生観が直接的な影響として横たわっています。
つまり、彼はいつか・どこか・のタイミングで
心が傷付き、自分で暗闇から抜け出せず、藻搔いたけれど他者に期待できずに
終わっている、ということが、深刻度の高低はあっても、
そういう暗闇を見た(何かを諦めた)時期を経たという可能性がとても高い。
そういう人間は、他者に依存することは無くなってしまうのです。
自分だけで完結できるようになるのです。
どうとでも合わせられるけれど、自分からは自分がリスクを負う犠牲心までも
もう持とうとはしなくなった。
そして相手が喜んでいると判ったらその先を自分も行こうとする。
これは「渡りに船」のようなご都合主義なのではなく、
ゲイの孤愁という問題ともいえる。
しかし、自己肯定感が低い暗闇を見た人には、相手に応じて・その上でそれに
乗って楽しむのでいい、
自分の開拓や冒険をもう相手の心証を気にして迄 持とうとはしない、
ということな訳なのです。
そして、そうなってしまった人は、黙って誰かに合わせるけれど、
実は自分に非が生じて謝る羽目になるようなことを嫌うようになって行く場合
があるのです。
だから、彼は自分からはけしかけない。誘わない。能動も失くした。
極論すれば、もしもの場合、
悪いのはいつでもあなたという図式を暗黙裡に行く彼なのだということです。
それは悪気が有る訳ではなくて、自分が責任を負って悲しむ羽目になる、
ないし、しんどいことになる自分がもう嫌な可能性があるのです。
見た目には解らなくとも深層心理的にも。ね。
このような相手の場合、
あなたは自己防衛とか自己の正当性という意味ではなく、
なんとなく、ということではなく、或る程度理屈であなたの思考回路と判断
軸を述べておく必要がある。彼が否応なく応じさせられた図式にはしないと
いうことです。以心伝心で判るだろうというのは同じ感性や体験を持とうと
相互が思っている場合にだけ有効なことであって、
あなたの胸中が見えない形では、彼はいずれあなたを評価しなくなっていく。
賛同しない心が湧いて来るのに黙ったままの彼、ということが起こって来る。
あなたは下手に気を揉まず、好き放題彼を連れ出すことにして、あなたが、
自分も能動的に来て欲しい時もあると希望をそれとなく述べてみるのはどう
でしょう。
それにも拘わらず、あなたの書いているような彼であれば、
あなたの心労だけが嵩んで行き、恋愛の醍醐味からは遠いものになっていく。
頃合いを見て別れる判断をするのが妥当です。
そして今当座は彼を振り回すことになってもいいのです。
あなたの気の向くまま彼に添わせてもいい。
ただし、上記のように、あなたの理由付けは一応どこかで彼に解らせるべく
述べていなければいけない(それとなくの場合も、ハッキリの場合も)。
相手があなたについて自己本位の烙印を押さない為に。こうこうなのでこう
したいというような意味合いのことですね。
結論;
哀しい思いを経て、自分を下手に肯定(諦観)してしまった人間は、孤独に
鈍感になる傾向がある。
そして傷んだ筈の心を経ているのに、どこか自分に対して平然と相手に悪い
という感覚を希薄にすることがある。
どうでも・いつでもあなたに合わせる相手の弁は、遠慮や慎みでもなく、
そういうことがあったりします。
あなた、あなたが何才で彼が何才だかは知りませんが、一応この解答の内容
は解っておいて損はありません。外れている場合はゆるしてね。
なお、そのぐらいの邂逅回数はふつうの域です。時期にもよるけれど・・・
ほんのちょっと逢った一回でもなく、旅行もしたのであれば。。。
眞理
https://youtu.be/NpzOk6Ml5Vk
真理之丞諦観愛 (2022/01/04 Tue 00:17:13) pc *.166.142.16
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