
ゲイとして生きていく上での心や体の悩みを相談してみよう。ネット上にいる兄貴や弟が相談にのります。
この問題は難しい。
自分の見識や判断を決してあなたには押し付けられない。
目で観て頭で聴いて生きてきた心象風景と、自分の中に眠り沸いて来た情念と
その処理の落差。日本のように高度な、また群衆が敏感にキャッチする
扇動的社会の中で、人知れず生き永らえる孤独に耐えられない愁いが在っても
当然です。
あなたの孤独(寂しい独り身のという意味じゃなく侘しさというような心の
隙間という意味)と、誰かの信念が一緒で好い筈が無い。
必要なのは、
おそらく、あなたが目と頭脳で欲する情景に邁進できたとして、
それでも、自分の内なる欲望や吸い寄せられる感性が消える訳ではなく、
その時、円満であるような表層の下で(ともすれば)誰かを確実に悲しませる
人生にさせてしまうということに、
あなたが辛いこと以上に敏感であらねばいけないということがある。
あなたは良くても、誰かは騙されている形。
真に自然な形で求められて生を受けていないかもしれない悲しみ。
あなたが生むあなたの分身は、あなたの脳で満足できた喜びの通りのものでは
なくて、本当のあなたの衝動ではないところで発生してきた事実を突き付けら
れるのかもしれない。
そして、いずれ性欲も薄れ人生の黄昏時に、
同じ衝動の同じ方向性を心から見て来た・見据えて来た筈なのに、
そうではなかったのだという伴侶の哀しみを芽生えてしまう。
その時にはもう取り返しも付かず、諦めるしかない隙間風の間柄に生り堕ちる
場合も無いではない。
その時、あなたは心はお前に有る、前よりももっと愛おしいと枯れることも
少ない性欲をどこかの青年や稚児にでも注ぐのかどうか。
あなたに言えることは、
あなたの欲しいものは人生の時間軸に影響しており、
人間の生命観にも左右してしまうものだということなのです。
そして、その代償があなたの孤独な愁いであってもいいかと云えば、
それを孤独としない努力が求められている訳です。
実際には、孤独かもしれないけれど、それは覚悟で乗り超えるべき納得だと
しなければいけない。
それで、あなたを折角育てて期待した未来像に生きた両親は悲しませるかも
しれない。兄弟姉妹には、いかに進んだ価値観の世の中になっても衝撃と
諦めの失意が横たわるかもしれない。
しかし、そこにはあなたの性までも認めたあなたの幸せを願う家族像である
べきことと、あなたの家族の責務が有る訳で、
周囲に倣うことがあなたを苦しませる人生になるのであれば、
あなたの家族は涙に堪えなければいけないということなのです。
その代わり、あなたは自分が幸せであることを示せたら本望。
独り身かもしれない生涯を悲しくて哀れだとする価値観こそが問題であり、
そうでなければその人の人生の喜びは無いということを考えてジェンダー論も
非婚少子化も考えないといけません。
誰でも産めるなら産めや!という強制で国難を避けるなどという傲慢が許さ
てはいけない。国難と性衝動は同じ地平で考えてはいけないのです。
幸福とは性でありエロス。
そのためには、自分に正直で自分が欲しい衝動を基軸に据えなければなりま
せん。自分も誰かと一緒の家族円満と誇らしさが欲しいなどと頓珍漢に走る
のは間違いです。
もしもそれができるなら、それに徹するほどの覚悟で生きるべきなのです。
ふらふら夜に出奔するようなゲイへの二足草鞋で誤魔化して生きるべきでは
ない。
あなたは自分の安心が欲しいだけ。
本気の自分を誤魔化して周囲からの肯定感に酔い痴れたいだけなのです。
世間像の擦り込みを超えて生きて行く覚悟を持ちなさい。
家族像の一律で二兎を追って誰がどう犠牲になるか、それを考えてもあなたの
人生に損はありません。
眞理
https://youtu.be/nxYd3uPc5JY
真理之丞本気魂 (2022/08/17 Wed 22:18:39) pc *.228.137.243
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