ゲイとして生きていく上での心や体の悩みを相談してみよう。ネット上にいる兄貴や弟が相談にのります。
こんにちはー
かつて友達に、
家のルールと 社会のルールと
自分のルールを別々に出来ない子がいまして
結果、自暴自棄になって死にました
覚醒剤の打ちすぎで心不全だったようですが
俺はあれは一種の自傷行為であったろうと考えています
逆に、自分ちのルールを
大人になっても周りの人間に要求してくる後輩とかもいます
子供なら
「お母さんがこう言ってるんだもん!だからそうしなくちゃいけないんだもん!」ですが
大人なのでさすがにそのまんま言えないらしく、尤もらしいオブラートに包んで
さも常識のごとく突きつけてきます
自殺した子と、後輩と、
どちらも実家から遠く離れて 社会的には自立していながら
目に見えない”ヘソの緒”で繋がれていたことに変わりはありませんでした
さてこのヘソの緒、
良い・悪いといった 単純な問題ではないわけです
モノも見ようですから?
本人が受け入れているなら、そのまま死ぬまで受け入れ続けていく人もいますし
イヤだなあと感じながらも、緒の元に居る家族になんらかで依存しているせいで成人しても拒否できない
そんなヒトもいます
何に依存していたのでしょうね?
たぶん、それがその家庭を家庭たらしめている『担保』もしくは保証書みたいなものです
担保の価値は、あくまでその家庭内だけで通用するものであって
社会に出るとそうはいきません
たとえば、実家がカトリック教会で
同性愛を無条件に悪だと教えてきた家庭に
ゲイの子が生まれたとき
その子は実家と社会の狭間で悩むコトになります
親の教えが絶対なのに
世間に出れば、そんな保証書はタダの紙切れ一枚同然で
俺の友達は、最後まで
そこに折り合いをつけられずに死んでしまいました
ヘソの緒を切ることが罪悪だと
最後まで思ったんでしょうね
でも残念ながら あちらの親御さんは
何故自分の息子が自暴自棄になったのか
まだ判っていないようです
俺は、心の中で
息子が半自殺をしたことで、担保の価値がグッと下がって
みんながアタフタ 路頭に迷った挙句
「こんな風になったのは保証書を書いた人間のせいだ」と
あんな家庭は破綻してしまえばいいとさえ 思った日もあります
でも、最後まで親を否定しなかった親友のコトを思うと
「お前はそうしたかったんだよね」
そうやってアパートでひとりぼっちで死んでいった彼の墓前で
手を合わせる事しか出来ませんでした
こんなこともあったなあ
実家の団地にまるで双子のようにくっついて
幸せに暮らしていた母娘がいます
ある日、娘の方が
「あんたのせいよ!あんたのせいよ!お母さんのせいよ!
あたしはそうしたかったんじゃないのに!」
叫んで母親を責め立てて
とうとう母親は茫然自失のまま ボケてすぐ亡くなりました
親友も、叫べば良かったのかなあ
でも・・・
それがいいのかどうか
俺にもわからないでいます
kouyuu (2010/10/13 Wed 10:21:09) pc *.98.43.130 メールを送る
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