ゲイとして生きていく上での心や体の悩みを相談してみよう。ネット上にいる兄貴や弟が相談にのります。
あなた、驚きました。
あなたがそういう開示をしたことに、です。
あなたが何をどう訊きたいのか、何を言いたいのか、まだ何を伝えたいのか、
それがまるで判りません。あなたは自分が見下されるようなことをするのは
いけません。軽はずみの骨頂です。
でも、あなたという人物が、おおかた、ここの諸兄(諸姉妹)には全部解っ
てしまいました。こういう文章を書かなければいけなかったあなたの悶々さ
には同情はしますが、あなたは今回のことで、もっと自分自身と、他者との
言動の重ね方を学びなさい。
まず、彼に縋るような真似はもうしないこと。
文の中の相思相愛は百聞は一見にしかずに負けるものであることを知る。
言葉で説明することができないことも世の中にはある。
言葉で説明するのが残酷極まることや、矛盾を伝えることであるため
黙っている方が双方にとって幸せな痛みもある。
このことを学びましょう。
すなわち、彼はあなたの言葉は好きになれたが、あなた本人は好きにはなれ
なかったのです。美醜のことでもなく、おそらく、何かが違ったのでしょう。
何かが違う、ということは恋愛では殊の外大きな壁になります。
そう、フィーリングやウマが合うということがすべての面もあるのです。
好いた惚れた喧嘩した、泣き叫んだどうの、しかし、結局はフィーリングなの
ですね。結局は元に収まるのが相性の一致なのです。
あなたはたぶん自分の内面性を過信していて、自己愛が激しいのです。
自分の信じた=あなたの場合は、思い込んだことを簡単に取り払わない性向
があるのです。その人に会ってみて判断する、その人と会話して判断する、
その上でのその人のメールの交換の文章であるべきだ。
あなたは順序が逆なのです。
そして、後一つ考えられることは、あなたの文章会話のマージンの部分での
あなたに彼は何かを悟った可能性がある、ということです。
あなたとの往復書簡で知り得なかったあなたを彼は嗅いでしまった。
書き尽くせた相互関係と思ったあなたとは違い、彼はそれでも知り得なかっ
たあなたを観たのでしょう。言動もあるでしょう。
あたくし個人的には、その彼は非道と思う。
しかし、書くことで・知らしめることで、あなたをもっと傷つける可能性も
ある訳で、貝になった彼の一縷の親切がその寡黙でもあるのです。
その彼はそこまでの人だった、と思うことにしなさい。
自己愛は真の恋愛の大きな邪魔になることを知りなさい。
真の恋愛は、愛そうとする犠牲的精神の有る恋愛であるのです。
真理之丞一縷愛 (2010/12/13 Mon 00:41:15) pc *.18.177.128
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